はじめに.「人間だもの、こころが揺れても良いんです」
-あなたの心が戻れる場所を見つけてみませんか-
このブログを開いてくれたあなたは、きっと怠けている人でも、
考えていない人でもありませんよね?
むしろ、
ちゃんと考えているのに動けない。
やろうと思っているのに続かない。
分かっているのに感情任せの言動になってしまう。
そのたびに、
「自分はダメなんじゃないか」と
静かに自分を責めてきた人ではないでしょうか?
でも、ここでひとつだけ
大事なことを伝えさせてください。
行動できないことは、失敗ではありません。
それは多くの場合、
あなたの心が揺れていることに
ちゃんと気づいている証拠です。
ここで話す内容は、
あなたを変えるためのものではありません。
正解を教えるものでもありません。
- 揺れていることに気づく
- 感情のループから一度降りる
- やらなくていいことに許可を出す
そんな視点を、静かに紹介しています。
揺れたら、戻ればいい。
戻れたら、また自然に動き出せます。
ただ、
心が揺れたときに
「ここに戻ってきていい」と思える場所を
一緒に見つけるための内容です。
読みながら、
何も決めなくて大丈夫です。
何かを始める必要もありません。
もし途中で、
「あ、これは少しわかるかも?」
と思うものがひとつだけ残ったら、
それで十分です。
人間だもの・・・。こころが揺れても、良いんです。
実は私自身も・・・
- 思い通りにならないと、感情が抑えきれない
- 人に構ってほしい
- 内心と違う言葉を発してしまう
すごく頑張って、慕われているのに・・・
そして、分かっているのに・・・
ちょっとしたきっかけで感情をぶつけたり、
一言で全部だめにしてしまう・・・。
そして自己嫌悪・・・。
これを繰り返していました。
分かっているのに、繰り返してしまう・・・・。
では、今の私はどうでしょうか?
はい、
今も毎日、心は揺れてばかりいます。(笑)
なんで私の意図を分かってくれないんだろう?とか、
私は必要とされているんだろうか?とか・・・・。
変わったのは1つだけ、
そんな自分の心の捉え方と戻る場所を見つけただけ。
こころが揺れたときに
その感情に気づき、もとの状態に
戻れるようになりました。
感情任せではなく、感情と向き合う、
同じ悩みのある人の
参考になれば良いなと思います。
私自身、今も心が揺れたときに
ノートに書いたり、
自作のツールを使って気づきをメモしてます。
以前より心の揺れても爆発しなくなった気がします。
なぜ、こころの水鏡?
私は、以前からずっと考えていたことがありました。
「なんで、アメリカはパンが主食なのに“米国”で、
日本はコメが主食なのに“ジャパン”なんだろう???」
そして、ある日ついに結論が出たのです。
「んなことは、どうでもいい!!」
……それが答えかいっ!!(笑)
と、突っ込まれそうな結論です。
でも、ふと思ったのです。
私たちは、こんな“どうでもいいこと”で、
意外と心を揺らしていないでしょうか。
たとえば――
- 大事な日に限って、大雨が降る
「なんで今日なのよ……」 - 電車が遅れる
「なんで私が乗った日に限って……」 - 一言、余計なことを言われた気がする
「どうして、あんな言い方をするんだろう」
こんなふうに・・・。
出来事そのものよりも、
その出来事の受け取り方(解釈)によって、
心が大きく揺れることがありませんか?
この「心の揺れ」は、
いったいどこから生まれてくるのでしょうか。
そして、
心の揺れには「大きさ」があるとしたら
こんな風に――
- みんなが同じ状況だと感じたとき
⇒「みんな同じなんだから、仕方ないな」 - 自分だけが被っていると感じたとき
⇒「なんで、私だけなの?」 - 自分の力では、どうにもならなさそうなこと
⇒「私の力じゃ、どうしようもないな……」 - 自分の力で変えられそうだと感じたとき
⇒「なんで、私の気持ちをわかってくれないの?」
その違いは、どこにあるのでしょうか。
悩んでも仕方ないことは、確かにあります。
そして、
仕方ないことで悩んでも、
やっぱり仕方がないんです。
では私たちは、
どこで心を揺らし、
どこで手放せばいいのでしょうか。
私はこの心の揺れを、
“「こころの水鏡」”と名付けました。
次の章からは、
「こころの水鏡」という考え方を使って、
その正体を、少しずつ見ていきたいと思います。
こころの水鏡
私たちの心は、
湖や水面のようなものだと、私は考えています。
風が吹けば、水面は揺れます。
石が落ちれば、波紋が広がります。
でも、
水面が揺れた原因は、
「湖そのもの」ではありません。
風や石、
つまり、外から起きた出来事です。
心も、これとよく似ています。
何かが起きたから、心が揺れる。
そう思いがちですが、
本当に揺れているのは、“出来事そのものではなく、
それが心に落ちた「瞬間の感情」”なのです。
心が揺れる正体
同じ出来事でも、
人によって心の揺れ方は違います。
雨が降っても、
「恵みの雨」と感じる人もいれば、
「最悪だ」と感じる人もいる。
これは、
出来事の違いではありません。
水鏡の状態の違いです。
- もともと静かな水面
- すでに波立っていた水面
そこに同じ石を落とせば、
広がる波紋は、まったく変わります。
心が落ち着いているとき、
出来事の解釈が変わること。
きっと、誰もが経験しているはずです。
揺れには「大きさ」がある
心の揺れには、大きさがあります。
それは、
出来事の重大さだけで
決まるわけではありません。
揺れが大きくなるのは、
次のようなときです。
- 「自分だけが被っている」と感じたとき
- 「不公平だ」と感じたとき
- 「相手の行動が、自分の思い通りにならない」と感じたとき
逆に、揺れが小さくなるのは、
- 「みんな同じだ」と感じたとき
- 「自分で調整できる」と思えたとき
- 「これは仕方ない」と、腹落ちしたとき
揺れの正体は、
出来事ではありません。“意味づけ(解釈)”なのです。
水鏡を見つめ直す
ここで大切なのは、
水面を無理に静めようとしないことです。
「揺れるな」と言っても、
水は揺れます。
たとえば、
水を入れたボールを揺らすと、
水は波を立て、次第に大きな波になります。
急に揺らすのをやめると、
水は大きく跳ね返ります。
しかし、
大きくなった波に合わせて、
少しずつ揺らす幅を小さくしていくと、
水面は、静かに落ち着き始めます。
感情も同じです。
無理に止めようとすると、
かえって大きく跳ね返ります。
大事なのは、
揺れている自分を、少し離れて見ること。
「今、私は何に反応したのか」
「これは変えられることか、変えられないことか」
「この揺れは、どれくらいの大きさだろうか」
こうして水鏡を見つめると、
心は、自然と落ち着き始めます。
「こころの水鏡」の役割
「こころの水鏡」は、
感情を抑えるためのものではありません。
心の状態を映し出し、
そこから気づきを受け取るための道具です。
揺れは、
「何かがずれている」
「大事にしているものがある」
というサインでもあります。
水鏡を見れば、
今の自分の状態が、
はっきりと映ります。
揺れたときこそ、
自分を責めるのではなく、
水面を、そっと覗いてみてください。
そこには、
次に進むためのヒントが、
必ず映っています。

必要であれば、私の作った「こころの水鏡」シートを使ってみてください。
